英美へ(2018年2月)

英美がいなくなってから3年が経過したよ。なんで突然こんな文章を書き出したかというと、リチャード・ファインマンという物理学者が、ああ、彼も若い頃に妻と死別しているのだよ、妻の亡き後2年後ほどに妻宛の手紙を書いていたという話を読んでしまったというのが一点。もう一点が、最近英美の存在を意識せざるを得ない出来事があったから、かな。ただファインマンの本は昔結婚前にほぼ全て読んだことがあるので、そのエピソードを忘れていただけかもしれない。いずれにしても触発されたわけで、君は二番煎じだと言うだろう。あともしかしたら、僕は君の生前に手紙を送ったことなどほとんどなかったのに、何を今更メッセージなんてと言うかもしれない。それについては言い訳の言葉もない。

最近はもう君のことを他人と話題にすることもないし、君を意識した行動もしない。服とかも捨てちゃったよ。だからもしかしたら他人は僕が英美のことを忘れたと思っているのかもしれない。でも実際は一日たりとも忘れたことがない。でも思い出すと涙が出るから、意識的に避けているんだ。だってできればいつも笑って過ごしたいし、子供だって父の泣き顔を見るのは嫌だろ。実際、泣いていると子供に怒られるんだ(僕を怒ってくる子供の姿は、まるで英美みたいなんだよ。面白いだろ)。そうそう、お墓も立てたんだよ。僕らの思い出がある場所に、良さそうな石で作ったから、きっと気に入ってくれると思う。

子供の話が出たので、あの子たちの近況を伝えておくよ。二人とも元気だよ。一人は昨日少し熱が出たけど、もう元気になった。もう二人とも随分大きくなったんだよ。二人で話し合いとかしてるんだぜ。友達と勝手に遊びの約束とかもしてくるんだぜ。信じられる?たまに英美に大きくなった姿を見せたいなと思う時もあるよ。もちろん、君にこのメッセージを送ることが不可能なように、子供の姿を見せるのも無理なんだけど。あと、君の最後の希望通り、二人とも一緒に育ててるよ。俺がんばってるだろ?そして君は、子どもたちに新しいお母さんを見つけてあげて、とか言ってたけど、まだそれはできてない。残念ながらそれは僕の努力だけではどうにもならないことなので、勘弁してくれ。一応なんとかしようとはしてるよ。でも、君の存在が大きかったし、状況的にそんなに簡単じゃないことはわかってくれるよね。

仕事もちゃんとやってるよ。知らないと思うけど、英美がいなくなってからすぐに、俺の仕事が新聞の一面とか、NHKの番組とかで紹介されたんだぜ。もうちょっと早めに紹介されてたら見せることができたね。これは残念だった。でも、その後もちゃんと論文は書いてるし、授業もしてるし、学会でも活動してるよ。本当はこういう頑張りを君に見せたいんだけど、それももう無理だね。そういえば、もし僕がノーベル賞を取ったら一緒にスウェーデンに行こう、なんて話をしていたね。僕にファインマンのような才能はないので、受賞する可能性はまずないだろうけど、もしかして本当に受賞しちゃったら、君を連れてはいけないから、君の写真を一緒に持っていくよ。

英美の言いつけどおり、毎年人間ドックには行ってるよ。でも実際、健康にはあまり気を使っていない。だって健康を気にしていた君が突然死んじゃったし、僕は君がいない人生はあまり楽しくないから、気にしなくていいかな、と正直思ってるんだ。こんな事言うと君は怒るだろうね。貴方が病気になったら子供をどうするんだ、と。でもね、君は僕に子供への責任を全部押し付けて、先に逝ってしまったじゃないか。僕だって君がいなくなってから結構辛い生活送ってるんだぜ。そういう点では正直、君を恨んでいる部分はあるよ。申し訳ない。でもね、それはそれだけ君を愛していたからなんだ。僕にとって君は、僕の一部というか大部分と言っていいくらい大きな存在だったんだぜ。でも3年間、仕事も子育ても元気にやってこれたから、これからもきっと大丈夫だよ。

正史

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